昭和41年11月18日 朝の御理解                  明渡 孝




 昨日の新聞に、銀行の広告ですね、うがったことが書いてあった。それはね、お金を残す人はね、絶対に自慢をしない。お金を残す人は、ブラブラしたり出てはいけないと。それを私は読んでから、確かにそうだなぁと思うですね。ほんとにお金を残す人はね、自慢しない。
 もし例えば、たくさんのお金を残して自慢をする人があるなら、それはまたすぐに元に戻ってしまうでしょうね。いわゆる一代分限者に終わってしまうです。私ほんとにこれは、なるほど私達がお金を残しきらんはずだ、お金を貯めきらんはずだと。ひとつ思い当たる節はないでしょうか。
 信心は、少し意味が違いますけれども、やはりそうですね。どういうところで、そのいわゆる慢心とか自慢とかといったようなことが、になるかというとね、結局その自我意志ですね。「私が」ということです。「私がこれを作った」「私がこれを建てた」それが見事なものであればあるほどです、「私が」したのですから、やはり自慢せなおられんのです。
 だけど信心では、私はというのではない、させて頂くのである。どこまでもただ奉仕するだけなのである。それにただ仕え奉るだけなのです。そういう精神を信心では教えて頂くのですね。
 野菜一本作るでも、( ? )じゃでけん。「私は、これはもう骨折った。もうこげなふうに手入れをして、こげん肥料にしたら、こげん熟れたんだけど」というわけなんです。
 けれども、その野菜一本作ることに奉仕するのです、信心というものは。作るのは人間じゃない。神様なんだと。そうでしょう、どんなに、なら米作りの名人であろうが、どんな野菜作りの名人であろうが、ならお前達だけで一粒ほんとに作ってみて、神様がおっしゃったら何もできないでしょ。神様のおかげを頂かなければできないのでしょう。天地のお恵みを頂かなければできないのですもん。
 そこに神恩報謝の心と同時にです、その例えばお野菜ならお野菜、お米ならお米がです、より良いできるために、工夫をしたり研究をいたしたり。そして、その研究したとが結果をです、一生懸命の努力をです、いわゆる奉仕する。使い奉るのです。野菜作りなら野菜作りに奉仕するのである。神様おかげでこれだけ見事にできました。私は(じまっとする。?)
 神様が作って下さった。ただそれに奉仕した。いわゆる奉仕というのは、使い奉るという、どこまでも使い奉るという、謙虚な心というものがなからなければ奉仕じゃない。私が神様にして上げた。私が神様を救って上げた。これはもう奉仕じゃない。ね。
 信心生活とは、いうならば奉仕の生活だと思うのです。そこに、するとその、一切が許される。お金をたくさん持つことを許される。立派な家に住まわせて頂くことを許される。これが最高であろうかという衣服なら衣服を許される。許されて着る、許されてしまう。許されて得する。ここにありがたいなぁと頂くのですから。私どもの信心生活というのは、ありがたいという生活を目指すのです。これはもう、家具やら物やらでできることじゃない。ありがたいという生活は。
 しかもそこにはです、もう世にも不可思議な働きというのがです、ありがたいという心の上にだけ、その働きが頂けれるというのがその信心であり、そこのところを教祖は、タッチしておられるのである。「この方の道は喜びで開けた道じゃから、喜びでは苦労はさせん」と。もうそらもう、たいへんな霊験不可思議な働きというのが、この喜びの心の上に現われてくるのです。
 そういう喜びの心といったようなものは、「私が」といったような我を張ったところに生まれるものではありません。あくまでも奉仕する心なのである。
 昨日、福岡の神具店に秋永先生と高橋さんと、昨日半日がかりで、もうほとんど、ここで私お話をして、(椅子?)のことでございましたけれども、やっぱり(椅子?)でも十三・四万かかる。(  ?  )。ですから、やっぱりあの検討した上にも検討しなければいけないと思いましてから、値段も安くして頂きましたし、もう寸法なんかは測ってもらいましたし。
 そこで、最後にです、ならそれだけの物ができるならお宅にお願いしようと。そのかわり、お宅のどこか神社仏閣に納めておられる現物を見せて欲しい、そして、現物は立派な物ができておったなら、まあ早速その場で契約さして頂きましょう、というお願いをしましてとじゃったら、福岡の何々神社に納めておる、とこういうのである。そんなら秋永先生と高橋さんに行って頂こうということで、まあ昨日行って頂いたんです。
 ところが、どうもその、一切の現物がお粗末なんですね。けれどもやっぱりそうして、向こうにご迷惑をかけておる場合もありますから、とにかく、なら親先生にいっぺん見て頂いて、( ? )がいいとおっしゃるならばというので、昨日わざわざまた、その現物を持ってきて下さったんです。ところが、やはりお粗末なんです。これじゃいかん。ほんとに、二・三専門店に、京都にある専門店に頼まにゃいけん、ということにもなって、昨日返しに行って頂いたわけでございますけれども。
 その時に、確かいろいろお話、まあ二人で話をさして頂くうちにです、必ず、すぐご造営のことになりますから。今度ヘリができる、椛目の十三日会にヘリができるという話が出ておった。
 ところが、今度の場合だけは、ひとつの皆が反対をした。「そら良かですのう」とは言うけれども、盛り上がりがない。だから委員長は、これはヘリはしばらく見合わせようと。どこにどういうご神意があるか。もっと立派な、神様は構想を練っておられるのかもしれん。何かご都合のあることだろうから、しばらく見合わせようと言いよりました、といったようなことを話しておった。
 同時に、これは陰の声だけれども、どうも、まあ立派と言いよると、ようするにまあ、こげなことしよるなら、金目にはってるといったような声をあっちこっちから聞く。そこに非常に委員長、心を痛めておるというその、久保山先生に、どうでしょうか、こうやってだんだんおかげを頂いていきよりますか。何かそのひとつの世論ですね、信者一同の声というようなものが、先生あんたとこに響いてこんでしょうか。というてその、まあ尋ねたということでございますが、やはり、委員長としての責任もありますから、そういうことを心配しておるわけなんです。
 その話をしておりました。私もそれをジッと聞かせて頂きながら、ほんとにまあ見事にできていきよる。(しっかり?)できておったものを、やはり壊してからまた、それをより良いことになるためにそうしていきよる。もったいないごとある。けれどもそれは、より良いものを、良いものを作っていくことのためなんですけれども。なるほどただじゃいけんのである。
 (            ?            )これはまあどうしたもんだろうか。私はほんとに心に心配した。そしたら、早速神様が私に、私の心の中に響いてくることがです、まあそれを分かりやすい言葉で申すならです、「大坪総一郎、お前がいっぺんでも、くれと言うて神に願った物じゃなかろうが」という意味のことを頂きました。
 「神様どうぞひとつ、ああいう立派なお社を建てて下さい。立派なお広前を造って下さい」と言うて、ああしてくれこうしてくれ、というてはいっぺんも、神に頼んだことじゃなかろうが。
 だから私としては、いうならどうでも良いというである。私としては、別にどうじゃないのです。その代わり私は思う。合楽に見事に綺麗にでき上がったからというて、あそこの中心にです、私を神様が据えなさるのかどうか、それはまだ分からん。座ってみなければ。
 「お前じゃどうも格が足らん」ということになるのかも分からん。さあ明日あちらに移るという時に、私はコロッと死ぬるかも分からん。分からんです。私はそう思うです。許されない限りね。
 はあ、ほんにそうだな。私が「どうぞ神様、お願いします。ああいうお社を建てさせて下さい。私に一生の生甲斐の御用として、ああいう大きな立派なお広前を建立させて下さい」と言うて願うたことはいっぺんもないということ。なるほど、「くれ」と言うてあれができていきよるじゃなかろうが。はあ、そこに私の不安はいらんのじゃな、心配はいらんのだなということを感じた。
 いわゆる神様が先頭に立って、先頭を切って、神様がお与え下さっておるんだと。お働きじゃない、神様があれは造って下さっておるんだ。そこでひとつ、はじめのところをひとつ、ならいっぺん繰り返さなきゃならんな。
 どんなに立派な、腹も(  ?  )したような、それこそ先日鹿児島に、若先生が私の代参であちらの教会の記念祭にお参りしました。帰りの汽車の中で、ちょうど箱の中におった人がいろいろ話をして「私は今まであなたのような美しい目を見たことが無い」と前の人が言うそうですよ。「そうですか、僕の目はそんなに美しいですか」と「あなたの目は違う。私はだいたい絵描きですけれども、あなたの目を書かして頂く」と言うて膝でまあ、前に座っておったから写生した。
 その写生したのを「これはあなたに記念に差し上げます」というてその、まあくれたとうわけなんですね。まあそんなことで、たいへん懇意になっていろいろ話しさして頂いて、「だいたいあなたは、どこのかたですか」「私は久留米のほうのもの、鹿児島の方の教会に、記念祭がございましてお参りさして頂いての帰りでございます」「はあ金光様ですか。あの久留米の向こうの方に、御殿のような大きな金光教の教会が建立されておるということですね。よっぽどのことだそうですね」「はあそうですか」ちゅうてから、私のほうですよとは言えなかった、と帰って話しておった。
 もう鹿児島のほうだから(     ?      )たらしいです。いうなら、それは椛目の肥料が汽車の中に( ? )わけなんでしょうけれどもです、もうそれこそ最果ての国である鹿児島の人達がです、椛目の現在のこの建立のことを知っておる人達が、まあ皆じゃなかろうけれども、あるということ。
 ほう、そらたまがっておりました。ほう鹿児島の信心のしの字もない人が、久留米の先に立派な金光教の教会ができておるということをです、知っておるということ。誰から聞いたか、誰から教えてもろうたか知らんのですけれどもです、そういう例えばお広前が、あそこに、なるほど建立されていきよるのです。
 けれどもどうでしょう、あれが私が、私が建てたということだったら、それこそ、やっぱりいくらばかりの自慢をする、が起こるでしょうね。ところが、( ? )お前がくれと言うて、造ってくれと言うて建てよるとじゃなかろうが。いわゆる神様が建てて下さるのであり、ただ私はじめ多くの人達の場合は、ただそれに奉仕しておるだけなのだと。
 そこで、その奉仕がです、ほんとの奉仕になるように、神様がお働き下さっておるそれに、手になり足になりさして頂いて、奉仕をさして頂くということに、私は真心を込めなければならないのだけれども、結局は神様が造って下さるんです。私どもの自慢するところはどこもない。
 もし自慢気があるなら、私が建てておるの一人なんです。どんなに上手にできても自慢するところはない。はあ、ほんとにそうだな。ところが、ここのとこちょっとその、私が建てた、私の信心が建てたといったようなものが出てくる時に、それが自慢気になってくる。自慢になってくる。ね。
 これではやはり、自慢をする人は金を貯めきらないようにです、そういう自慢心があっては、それが徳にはならないということをひとつ思わして頂いて、なるほど、自分は金が残らんはずだ。なるほど信心の徳が身に付かんはずだ、自分にはこんな慢心がある。こんな自慢心がある。
 それは、根本的なお道の信心というものが分かっていないから自慢心になるのだと。根本的なお道の信心というのは、どこまでもそれに奉仕することなのだ。お百姓はお百姓。商売人は商売人。ね。そのことに奉仕するだけのことなんだ。仕え奉るのだ。その仕え奉るという実意という、謙虚な姿というものが、心というものがその中に少しでもないところに、「私がこがしこ骨折った、私がこれだけのことができたんだ」というような自慢気がある。その自慢気がある限り、神様は、金を持つことを許されないだろう、お徳を受けることを許されないだろう。神様のご信用は付かないだろう。
 どうぞこういうところに、ひとつ私どもが、ほんとうに、これの修繕のところを分からして頂く。実際そうなんですから。これは私が造ったと言いよる人が、これは実際はないです。造りなさるのは神様だ、神様なんです。天地の働きなんです。それに寄与するだけ。それに奉仕するだけ。
 あのお広前だって野菜と同じこと。天地の親神様がおつくりになるんだ。それに私どもが、ちょうど野菜を作る時に、草を取ったり、肥料を施したりするような奉仕をさして頂くだけなのだ。だから、私の奉仕は奉仕になっておるか。私がして上げますといったようなことになっておるのではなかろうか、というようなところをです、よく私は検討さしてもらわなければならんといったようなことを思う。そこから、「おかげでできました」という、いわゆる、ありがたいという心が生まれる。
 そのありがたいという心にです、その喜びの心にです、この方信心は、喜び一つで開けた道だから、喜びでは苦労させんという、ありがたいという(?)喜びの心に、いやがうえにもおかげが頂けるのだということを分からなければならんと思うんですね。どうぞ。